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読売新聞│配信日:2020年3月23日│配信テーマ:その他  

「AIひばり」に賛否 冒涜? 由緒正しい創作?


 ◇週刊エンタメ 
 昭和歌謡界の女王、美空ひばりの歌声をAI(人工知能)技術によって合成した「AI美空ひばり」について、賛否両論が巻き起こっている。故人の意思や尊厳を無視したビジネスか? AIの技術の完成度や不安は? 今、何が問われているのか、探ってみた。(清川仁)  
 AIひばりは、美空ひばりの過去の歌唱データを学習する「ボーカロイドAI」による歌声合成技術で、ヤマハが開発した。「ひばりが生きていたら、この曲をこう歌っただろう」という歌声を作り出す。昨年9月のNHKスペシャルでは、秋元康作詞の新曲「あれから」をAIひばりが“歌う”までの制作の過程を紹介した。秋元はひばりの代表曲「川の流れのように」を手がけている。彼女と関わりがあった人物が協力して歌声と映像が完成し、長年のファンが感動する姿が映し出された。 
 ◆独り歩き後 批判
 プロジェクトの発案者であるNHKの井上雄支チーフ・ディレクターによると、Nスペ放送後は好意的な反響が多かった。しかし、NHK紅白歌合戦に登場、シングルCD発売など、AIひばりが番組から離れて独り歩きし始めた年末頃から、批判が増えたという。
 特に、シンガー・ソングライターの山下達郎による発言は影響が大きかった。山下は自身のラジオ番組で、否定的な意見を持つリスナーの質問に答える形で、「一言で申し上げると、冒涜(ぼうとく)です」と言い切った。
 同様の意見はメディアやネット上でも発信された。生前に発しなかった歌声が商品化されることや、「頑張って」などという秋元作詞の間奏のセリフがあたかも本人の発言のように、人々に影響を与えることに対して、強い嫌悪感を抱く人が多いようだ。
 これに対し、社会学者の古市憲寿氏は首をかしげる。「ひばりさんご本人が、喜んでいるか悲しんでいるかは分かりようがない」とし、「死者への冒涜」と言う人は、頭の中でひばりを勝手に「復活」させ、代弁してしまっている、と言う。
 坂本龍馬が、司馬遼太郎らの小説によって維新の立役者として、より広く知られるようになったのと同様に、後世の者が故人の資料、データを基に人物像を造形することは繰り返し行われてきた。そうした意味で、「AIひばりは由緒正しい創作物だという感じがした。みんなが見たいもの、こうしてほしいなということを実現している」と古市氏。
 歌手の山内恵介も「ひばりさんは与えられた曲は、こうやって歌ってらっしゃっただろうなと思う。それが演ずる歌、演歌。シンガー・ソングライターの方とはちょっと違うところがある」と語る。また、現役歌手として、「(没後)30年たって、いつまでもひばりさんに頼ってはいけないと、色々なことを考えさせられました。ファンとしてはうれしかった。すごくいい歌なんですよ」とも。 
 ◆音楽的な違和感
 「歌唱技術には改善の余地がある」と指摘するのは、立教大学兼任講師(音楽学)の長屋晃一氏だ。AIひばりに欠けているものは、歌詞の持つ意味を理解してこう歌いたいという「表現する意思」だという。例えば、冒頭の「夕陽(ゆうひ)が また沈んで行く」という部分。「沈んで行く」は本来、歌詞全体の文脈から考えて、低く沈んだトーンで歌うべきなのに、AIひばりは上昇していく譜面上のメロディーを反映して、鼻に抜ける明るいトーンで歌っている。そこに音楽的な違和感を感じるという。
 長屋氏が、講義でAIと本物の歌唱の聴き比べをしてみたところ、その区別がつかなかった学生はごく少数にとどまった。「番組でファンが涙していたのは、思い出が喚起され、脳が機械音声を補正したのでは」と語る。一方で長屋氏は、AIひばりは、「様々な議論を呼び起こす契機となる価値のある取り組み」と評価もしている。
 NHKも賛否の声を受け止め、検証番組の制作を進めている。20日午後11時45分から、「AI美空ひばり あなたはどう思いますか」を放送。出演は、AI研究の第一人者の松尾豊氏、ミッツ・マングローブ、藤井隆ほか。
 
 ◆臨機応変 まだできない 開発者に聞く 
 AIひばりの開発者であるヤマハの大道竜之介、才野慶二郎の両氏に聞いた。
 ——「ボーカロイドAI」の特徴は?
 大道 「文脈」を見てくれるところ。例えば「ドレミ」と上昇して歌う時と、「ミレド」と下降して歌う時、真ん中の「レ」は同じ音でも歌い方が異なる。さらに音符が何個も連なる場合や、それぞれの音符の長さが異なる場合を考えると、膨大な組み合わせになるが、AIなら「レ」を、ひばりさんがどう歌うかを自動的に推測してくれる。
 ——AIが学習したひばりの歌声はいつのもの?
 大道 全年代のデータを使ってはいるが、晩年の1986年から88年の声を中心に再現してほしいというリクエストをAIに出した。
 ——賛否の声をどう考えるか?
 大道 我々は、「もう一回ひばりさんに会いたい」という方々の願いをかなえるため、プロジェクトに参加した。技術自慢にしてはいけないと思う。気持ち悪い、倫理的にどうかと思う方もいるかもしれないが、我々はひばりさんの歌い方を再現しただけなんです。
 才野 Nスペの最後、(息子の)加藤和也さんが「生き返らないことは分かっているが、(没後の)隙間の時間を埋めてもらえる技術の良い面を見せてもらった」と言ってくれた。これは技術であり芸術活動。生き返ったと誤認させてはいけない。
 ——技術が完璧ではないという声もある。
 大道 研究をすればするほど、人間はなんてすごいんだろうと思った。本物の歌手は、客の反応や、伴奏の音の出方の違い、ホールの響きの違いに応じて歌い方を変えるが、ボーカロイドAIはまだできない。文脈を見て歌うと言ったが、楽譜に書いてある文脈は音の並び、歌詞の並び程度にすぎない。
 才野 AIが仕事を奪うという議論は、ある側面では正しいが、芸術に関して言うと究極的にはそうはならないと思う。人間は人の心を動かすために、その場の空気を読み、自分で考えながら、「正解」がないものを作るのだから。
 
 ◆AI含むベスト盤 
 コロムビアは18日、「美空ひばり オールタイム・ベスト あれから」を発売する。AI歌唱の「あれから」を1曲目に、ほかに「川の流れのように」「柔」などの代表曲を収録したアルバム。同社は、「AIひばりで、ひばりの魅力を知った若い世代に向けた作品」と話している。 

読売新聞2020年3月14日読売新聞記事(1版)掲載 執筆記者:清川仁

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