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毎日新聞│配信日:2019年9月9日│配信テーマ:クラシック  

<音楽>OMFの《エフゲニー・オネーギン》 かみ合わぬ悲しみ刻印=評・梅津時比古


 今夏のセイジ・オザワ松本フェスティバル(OMF)のオペラ公演に小澤征爾の登場はなかったが、ファビオ・ルイージの指揮の下、充実した質の高い公演を堪能することができた。演目はチャイコフスキー《エフゲニー・オネーギン》。

 このオペラを過剰にロマン的にとらえると、主人公の無為徒食の若い貴族、オネーギンへの片思いをタチヤーナが手紙につづる有名な「手紙の場」の比重が大きくなる。しかしルイージはあらゆる楽節一つ一つからさまざまな色合いを引き出し、全編にこのオペラのロマン性だけではない本質を刻印することに成功した。それは人と人の気持ちが通じ合わない「齟齬(そご)」から引き起こされる索漠とした悲しみであろう。チャイコフスキーの丹念な表現がこの作品においてはほとんど「齟齬」を対象として展開されていることを、舞台全体が如実に明示していた。

 顕著な例は、友人のオネーギンから戯れに仕掛けられた決闘に敗れて死に至るレンスキーの最後の場面。そこでは降る雪が紗幕(しゃまく)のようにかかるロバート・カーセンの演出も功を奏して、レンスキー役のテノール、パオロ・ファナーレは、オネーギンへの怒りよりも、またいいなずけのオリガを失う悲しみよりも、人間が互いに理解できないことへの孤独感を漂わせる。レンスキーのこの視点があってこそ、社会に対して斜に構えるオネーギンと、家を大事にするタチヤーナの愛のむなしい行き違いが意味を持つ。

 オネーギン役は代役として急遽(きゅうきょ)、大西宇宙が務めたが、コントロールの効いた発声が役柄の軽薄さを消し、タチヤーナ役のアンナ・ネチャーエヴァの激しい情熱の表出との対比が生きた。特筆したいのは細やかさと力感を併せ持った東京オペラシンガーズの合唱。ここぞというところで、流れを引き締めた。無論、サイトウ・キネン・オーケストラも舞台を大いに盛り上げた。(特別編集委員 梅津時比古)

 長野県・まつもと市民芸術館で8月20日

毎日新聞2019年9月 2日東京夕刊(2版)掲載 執筆記者:梅津時比古

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