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毎日新聞│配信日:2019年8月12日│配信テーマ:クラシック  その他  

<Interview>林喜代種さん(カメラマン) 被写体の存在感撮る 日本製鉄音楽賞特別賞を受賞


 本紙の演奏会批評の写真でおなじみのカメラマン、林喜代種さんが第29回日本製鉄音楽賞特別賞を受賞した。音楽をベースに活動する人を対象にした特別賞でカメラマンは2人目。

 「舞台写真家」として活躍する林さんはクラシック音楽のあらゆる写真を手がけるが、中心は演奏会の写真だ。被写体となった演奏家は、異口同音に「自然な美しさで飽きない」と言う。

 「僕は写真が本当に下手なんです」と林さんは素朴な表情で笑う。

 「最近の写真はライティングに凝ってきれいですよね。でも僕はストロボとかは使わない。その時にその人が置かれた中でのいちばん良い表情を撮りたい。画面が暗いとも言われますが、無理に明るさを作っても、その人らしいものは出ない。その人の存在感を撮れれば、と思っています」

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 1980年代から大体、月に20公演、クラシックの演奏会を撮り続けている。演奏家を邪魔せず、聴衆にも迷惑を掛けず、フラッシュもなく、角度も決まってしまう限定された場所から撮影する演奏会写真は実に厳しい。

 「昔はピアノやバイオリンを弾く指を気にしていました。最近は、顔の表情だけを見ています。音楽がうまくいっているときには実に良い表情をしている。カメラから顔をずっと見つめていて、この表情だと思うときにシャッターを押す。その瞬間は本当に美しい音が出ていると、やっと気づくようになりました」

 撮影してきた演奏家は優に1万人を超えるが、撮影にてこずった人はいないと言う。演奏家に林さんの自然な人柄が伝わるのだろう。

 伝説のピアニストのホロヴィッツが舌ビラメを好きというエピソードを聞いた音楽雑誌の編集長から、86年の来日公演の際、舌ビラメを食べるホロヴィッツの写真が撮れないか、と言われた。神経質なことでも有名なピアニストである。マネジャーに恐る恐る聞くと、関係者との会食にレストランまでは同行を許された。すると、怖い奥さんとして知られるワンダ夫人がテーブルに着くなりイスを数えて13であることに激怒、「縁起が悪い。ひとつ増やしなさい。あなた座りなさい」と林さんに声をかけた。食事は喉を通らなかったが写真を撮ってもホロヴィッツも夫人も何も言わずに許してくれたという。音楽雑誌に載ったその写真は海外でも話題になった。

 「ワンダ夫人は撮影希望を分かっていて、そういう形で許可してくれたのではないか」と林さんは思っている。

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 今はアマもプロも写真を撮るとすぐ画面を確かめるが、林さんはしない。

 「画面を見るより、相手を見ることが大事です。ピントが少し甘いときもあるけど、それもそのときの味、ぶれるのも、そうなったらそれでいい。これからも演奏の表情を通して人間を見ていきたいと思います」【梅津時比古】

毎日新聞2019年8月 5日東京夕刊(2版)掲載 執筆記者:梅津時比古

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