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読売新聞│配信日:2019年6月10日│配信テーマ:洋楽  その他  

[ALL ABOUT]サラ・オレイン 師の教え サラなる高みへ


 ◇Pop Style vol.650
 ◆「音楽は人生を豊かにしてくれるもの」
 天は二物を与えず? いや、この人には何物も与えてしまったようだ。オーストラリア出身のサラ・オレインさんは、歌手、バイオリニスト、作詞作曲家、コピーライターなど幅広く才能を発揮する。歌手として美声を披露するジャンルも実に多彩。7月26、27日に行われるコンサートでは、ABBAのポップなナンバーに初めて挑む。
 ■翻訳も ドラマ出演も
 今年4月に東京都内で行われたソロコンサート「Timeless Tour」。女神のように優美なバラードを歌うサラさんだが、後半に会場をどよめかせる一幕があった。タンクトップにジーンズ姿で登場し、英ロックバンド、クイーンのメドレーで激しくシャウト。しかも、初披露となるドラムをたたきながら「ウィー・ウィル・ロック・ユー」も熱唱したのだ。「ドラムは初めてだったけど楽器としては、歌やバイオリンと並ぶぐらい好き。ソロライブは求められるイメージと違うこともできる。皆さんを驚かせたかった」と笑う。得意のバイオリンはもちろん、ピアノやギターも披露した。
 日本でCDデビューしたのは2012年。14年には、バラエティー番組のカラオケ対決で完璧な歌唱を披露し、知名度をお茶の間に浸透させた。以来、歌では、アンドレア・ボチェッリ、ピーボ・ブライソンら世界的歌手と共演し、フィギュアスケートの羽生結弦選手のエキシビションに歌唱曲が採用されるなど活躍。語学番組への出演、絵本の翻訳など多才ぶりを発揮し、現在はNHKのテレビドラマにも出演中だ。
 「何か一つ『これになりたい』と思ったことはないんです。5歳から習っていたバイオリンでプロになろうと思ったことはないし、歌も中学の時、オペレッタの主演が決まってから少し習っただけ」。さらりと語るが、マルチな才能を開花させた背景には、2人の恩師の存在があった。
 ■「無駄な経験」はない
 バイオリンの恩師は、ペリー・ハートさん。世界的奏者、シモン・ゴールドベルクの弟子で演奏家として多忙だったため、子供の指導は断っていたそうだが、サラさんの母親が熱心に入門を頼み込んだ。「ペリー先生が教えてくれたのは、技術だけでなく、歴史や文学、自然など色々なこと。『そういうことも分からないと音楽はできない』と言われました」。先生に習ったことや、自分が疑問に思ったことすべてを書きとめたノート「ゴールデン・ルールブック」は今も大切に持っている。
 後に、シドニー大でイタリア語などを学び、東大にも留学しているサラさんだが、「学問の道に進んだのは、ペリー先生の影響であることは間違いない。世の中のことは全てつながっているから、どんな経験や勉強も無駄なことはない」と語る。さらに、「バイオリンをやっていたから歌もできた」と断言する。
 音楽系の中学校の時、校内で数年に一度行われるオペレッタのオーディションに、気まぐれも手伝って参加。それまで歌を習ったことはなかったが、主役の座を射止めた。「ペリー先生に、バイオリンは『歌いなさい』と言われていた。バイオリンと歌は、音を強弱させる流れやアクセントなどフレージングが似ている」。とはいえ、大役を果たすため初めて声楽の指導を仰ぐことに。母親には反対されたが、出演作のためという条件で、近くに住むポーラ・クラークストーン先生に習うことを許された。
 実際、歌の教えを請うたのはこの時だけだったが、ポーラ先生はその後も精神的な支えになった。オペレッタ主演をきっかけに同級生からの嫉妬でいじめに遭ったサラさんは不登校になり、学校をやめることに。「通信制で学び孤独だったけど、ポーラ先生を訪ねるとサンドイッチを作ってくれたり、公園につれていってくれたりした。優しさ、人柄の素晴らしさに救われました」。ポーラ先生は今年3月に90歳で他界したが、末期がんであると連絡があり、サラさんは急きょ渡豪し、最後の別れを告げてきたという。「学校が全てではない。人生で2人の恩師に出会えたことは幸せ」
 ■3分の曲に私の人生
 波乱の青春時代を経て、不思議な巡り合わせは続く。音楽で初めて仕事をしたきっかけは、東大留学中の時だった。ゲームのエンディングテーマを英語で歌える人を探していたスタッフに実力を認められたのだ。「人生初のレコーディング。自分の声も初めて客観的に聴いた。最初は歌い方がクラシックっぽくて合わないと言われ、色々な歌を聴いてみたことが今の歌唱につながっています」。留学を終えて一度は帰国したが、その歌の実力が高く評価されてソロデビューにつながった。
 歌手やバイオリニストを目指したわけでなく、何事もひたむきに努力してきたことで、人前に立つ仕事に就いているサラさん。やりがいについて、こう語った。「歌手と言われるのは、今でも違う感じがするけれど、せっかく機会をいただいているので使命感がある。音楽は人を動かすパワーがある。3分間の曲でも、私の三十何年間が入っている。食べ物や医学とは違って命を保つために必要なものではないけど、音楽は人生を豊かにしてくれるもの」
 
 ◆ABBAの名曲 7月に披露 和洋のカルテット
 ◇「ミュージカル・ミーツ・シンフォニー アナザーステージ THE GREATEST HITS FROM ABBA」
 ◎7月26日午後7時、27日午後1時、午後5時、池袋・東京芸術劇場
 スウェーデンが生んだ4人組ポップスグループ、ABBAの名曲を、ミュージカルなどで活躍する国内外の4人が、豪華オーケストラをバックに披露する。
 ピーター・ジョーバックさんとグニラ・バックマンさんは、スウェーデン出身でABBAに縁が深い。
 ピーターさんは、ブロードウェーとウェストエンド両方で、「オペラ座の怪人」のファントム役を務めたミュージカルスター。実は不遇時代もあり、躍進のきっかけになったのが、ミュージカル「クリスティーナ」の大ヒットだった。同作を手がけ、ピーターさんに出演を依頼したのが、ABBAのビョルン・ウルヴァースさんとベニー・アンダーソンさんだった。
 グニラさんは、ABBAのヒット曲で構成されたミュージカル「マンマ・ミーア!」のスウェーデン公演で主演ドナ役を演じている。
 日本からはサラさんと、海外での舞台経験もある若手実力派、海宝直人さんが出演。サラさんは「素晴らしい4人の中に選んでいただけて光栄です。ハモることが大好きだけど、ソロではなかなか機会がないので、グループで歌うのがとても楽しみ」と公演に胸を膨らませる。
 もちろん、ABBA全盛期の世代ではないが、オーストラリアでもラジオやショッピングセンターで流れていたそう。またオーストラリア映画「プリシラ」で、ABBAの曲が使われていたことが印象的だったという。「古く感じないし、元気が出る。メロディーも英語の歌詞も分かりやすいから、どの国でも、どの世代にも愛されているのでは」と魅力を分析。出演が決まって改めて楽曲を聴いたといい、「『ダンシング・クイーン』や『マンマ・ミーア』が目立つけど、実は美しい曲や優しいバラードもある」と、本番で歌うのを楽しみにしている。
 問い合わせは読売新聞事業開発部(03・3216・8606、平日午前11時〜午後6時)。
 
 ◆「定時フライト」を的確キャッチ JAL広告 コピーライターもやっています
 「On the Dot」。JAL(日本航空)の海外向けの広告に採用されたコピーは、サラさんが手がけたものだ。「時間きっかりに」という意味の熟語で、同社の時間に正確なフライトをピタリと表現した。
 「日本の航空会社らしいおもてなしって何だろうと考えていて、オーストラリアで育った私にとっても、日本人は時間に正確なイメージ。でも『punctual』(「時間通りの」「定時の」という意味)では堅くてコピーっぽくないから」。「dot」は、点や的の真ん中という意味もあることから、日の丸もイメージしたデザインになった。「こういうダジャレっぽいことも大好き。音楽のパフォーマンスと同じぐらいクリエイティブなことが好きですね。人前で舞台に立つことは今しかできないことかもしれないので活動の中心に置いているけれど、とにかく表現者でありたい」
 
 ◇さら・おれいん オーストラリア・シドニー出身。父はオーストラリア人、母は日本人。英語、日本語、イタリア語、ラテン語と語学に堪能。東大留学中にゲームソフト「ゼノブレイド」の曲「Beyond the Sky」の歌唱を担当。2012年にユニバーサルからデビューする。昨年のNHK大河ドラマではエンディングテーマ「西郷どん紀行〜薩摩編〜」を歌唱。8日まで放送中のNHKドラマ「腐女子、うっかりゲイに告る。」に出演中。

 ◇文・清川仁
 
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読売新聞2019年6月 5日読売新聞記事(1版)掲載 執筆記者:清川仁

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