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毎日新聞│配信日:2018年6月11日│配信テーマ:その他  

<音のかなたへ>富山から吹く風


 風は野を渡ってくる。地から、空からの息のように感じられるのは、私たちの呼吸と同じく、風が膨らんだり、止まったりするからだろう。

 5月の光が富山の風を透きとおらせていた。連峰の頂を白く光らせている名残の雪が吹き下りてくるのか、風をガラスの気泡のようにきらめかせている。

 オーストラリアの女性のガラス造形作家、ハリー・シュワルツロックが富山市ガラス工芸センターの招きで4月初旬に来日、富山市呉羽町に滞在して制作し、「INHALE(深呼吸)」と題する個展を富山市ガラス美術館で開いた(5月13日終了)。

 ガラスの管の切り口だけのような小さな物から、直径10センチほどの円盤状のガラスをいくつも宙につるしたものまで20点が並ぶ。ひとつひとつが透きとおった50個ほどの円盤は、つるす糸の長短によって全体が大きな丸い形を成す。ギャラリーの光がガラスを抜け、背景の白い壁に薄い影を作っている。

 制作者がその場に居たので聞くと、造形の過程で熱したガラスに息を吹き込んで丸くなったものを少し平らにしてつるし、それらを集めた全体の形は、酸素と結合するヘモグロビンの構図にしたと言う。「呉羽に住んで野道を歩き、息を吸い込んで、吐く。息の循環を、私と世界とのかかわり合いと感じて形にしました」。薄い影については「ガラスは実体として手でさわれるが、影のほうはさわることができない」「あなたはそこにいないのにいるように見えるのか、いるのにいないように見えるのか分からない」と比喩で説いてくれた。確かに、ガラスと影の関係は光の当たり具合によって動き、薄くなったり濃くなったりもする。しかし決して離れることはない。人と人の循環の象徴だろうか。 

 つるされているガラスがかすかに揺れるときがある。風が入ってくるようにも思えないので、こちらの息の反映か、もしくはこちらの気持ちが揺れているのだろうか。無音がかすかな響きに思えてくる。

 風は地下からも吹いてくる。富山県出身の大垣美穂子が「Milky Way」シリーズの個展(6月16日まで)を開いている東京・新宿の「KEN NAKAHASHI」は、ビルの5階にあるのに光を全く入れず、地下室としか思えない。

 闇の中、FRP(繊維強化プラスチック)に無数の穴を開けた素材で造形された横たわる青年や、イスに座る老婆、生まれたばかりの赤ちゃんの、体の内部から光が漏れ出て明滅を繰り返す。その息のリズムの光はまさにMilky Way(銀河)として宇宙に循環する。ここでも無音がかすかな響きに聞こえる。<梅津時比古(特別編集委員)>

毎日新聞2018年6月 4日東京夕刊(2版)掲載 執筆記者:梅津時比古

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