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毎日新聞│配信日:2018年2月12日│配信テーマ:Jポップ  その他  

<大衆音楽月評>ホットな音楽家は間違いやすい=専門編集委員・川崎浩


 1月のトピックは「小室哲哉引退宣言」にとどめを刺す。小室は公式サイトの2018年1月19日付で「引退表明」した。理由となった週刊誌「不倫疑惑報道」にからみ「報道はこれでいいのか」など大衆メディア論を中心にした議論が一気に噴き出したが、彼の「音楽」について触れられないまま論議は進んだ気がする。

 小室は、1980年代後期に展開したしゃれたポップスが相応に耳目を集めたが、91年からエイベックスと組んで生み出したダンス音楽こそが「プロデューサー・小室哲哉」の名を世に知らしめることになる。それは後に“小室サウンド”と呼ばれる。変則的なコード進行と抑揚のないメロディー、単純なリズムパターンの反復はクールだが、安室奈美恵や華原朋美といった女性歌手の悲鳴のような発声と重なると、どこかホットな情念が感じられた。この音楽は、90年代半ばには、小室の名を高額納税者番付に載せるほど大衆に受け入れられたのだ。

 00年代に入るころブームは終息する。小室はうまく転身できず、離婚や詐欺事件などいたずらにスキャンダルを提供する。10年代半ば、TMネットワーク30周年を中心にして、上向きの印象を与えたが、結局、この唐突な結末を迎えるのだった。

 小室の音楽は、驚くほどの知識と知性に満ちている。子供時代からクラシックのバイオリン、ピアノ、ギターを学び、中学時代にはシンセサイザーで曲を作り、高校では、ジャズ、ロック、ブラックなどあらゆる音楽を吸収した。さらに、小室は「売れるためにはどうすべきか」を考え、リサーチし、逆算し曲を作った。まさに21世紀型プロフェッショナルである。

 誰もが比べてしまうのが、作詞家でプロデューサーの秋元康ではないか。58年生まれ、天才的なプロデュース感覚で時代を画す大衆音楽を生み出した、という点は同一である。バイトが忙しく大学を中退したところまで同じだ。ただ、小室は「音楽」そのものから、秋元は「言葉」から大衆音楽を見ている点が正反対といっていい。

 小室が分析的で冷徹といっても、それは作品の評価であり、制作過程は熱い情動の下にある。だが、情の言葉を操る者は情に流されるはずはない。作曲家は本質的にホットであり、作詞家はクールなのである。このホットさは、時に判断を狂わせる。

 彼は昨年、「JOBS#1」(エイベックス)を発表した。そのDVDで、映像作家の脇田玲(あきら)慶応大学教授と制作した“現代音楽”を見ることができる。変貌する光と形が小室のエレクトリックな音楽と絶妙にシンクロする。小室が「職業、音楽家」として自らを見つめ直し証明した作品と認められる。それだけに、ホットな音楽家らしく「また判断を誤った」と前言撤回してほしいものである。

毎日新聞2018年2月 7日東京夕刊(2版)掲載 執筆記者:川崎浩

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