音楽ライター記事
世界中でもっともライヴを聴きたいと切望されているピアニスト、グリゴリー・ソコロフのCD&DVDが登場
長年、「幻のピアニスト」と呼ばれ、現在はヨーロッパで活発な演奏活動を行い、そのつど大きな話題を呼んでいるロシアのグリゴリー・ソコロフは、いま世界中でもっともライヴを聴きたいと切望されているピアニストではないだろうか。
もちろん、1990年以降は来日公演がないため、日本では聴くことができず、海外公演を聴くしかないのだが、これはとても難しいことである。私は出張に出かけるたびに、あちこちのホールのスケジュールを調べるのだが、なかなか演奏会に巡り会うことができない。
ソコロフは1950年サンクトペテルブルク生まれ。1966年、16歳のときにチャイコフスキー国際コンクールで優勝の栄冠を手にし、審査委員長を務めていた、20世紀を代表するソ連のピアニスト、エミール・ギレリスに絶賛された。
しかし、その後、海外で演奏することは制限され、ようやくソ連崩壊後に西側で演奏できるようになる。それゆえ、「幻のピアニスト」と呼ばれていたのである。
そんな彼の待望の新譜がリリースされた。ソコロフの未発表協奏曲録音と映像である。1995年7月27日にロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでライヴ収録されたラフマニノフのピアノ協奏曲第3番ニ短調作品30(ヤン・パスカル・トルトゥリエ指揮BBCフィルハーモニー管弦楽団)と、2005年1月30日にザルツブルクのモーツァルテウムでライヴ収録されたモーツァルトのピアノ協奏曲第23番イ長調K.488(トレヴァー・ピノック指揮マーラー室内管弦楽団)である。
ソコロフの演奏は、いずれもピアノが豊かにうたい、感情がほとばしり、多彩な色彩が描き出されるもの。ラフマニノフはスケールが大きく、ロシアの大地を思わせ、情感にあふれている。時折、オーケストラをリードする姿勢を見せ、前進するエネルギーに満ちている。
一方、モーツァルトはかろやかで自由闊達、弱音の美しさが際立ち、聴き手に至福のときを与えてくれる。聴き込むほどに心が昂揚し、ソコロフとともに呼吸をしているような感覚に陥るのである。
よく、ソコロフの演奏評のなかにこんなことばを見出すことがある。
「並外れた高潔さとすばらしい個性、深い洞察力に基づく演奏で、世界中のピアノ音楽愛好家たちの心を奪い続けている。
今回の録音はDVDとの組み合わせで、ソコロフの軌跡をたどるドキュメンタリー映像が付されている。ここには子ども時代の様子やチャイコフスキー国際コンクール優勝時の模様、ギレリスを始めとするさまざまな歴史的人物やソコロフにまつわる人々が登場し、彼の類まれなるピアニズムを紹介していく。
映画監督は、ナディア・ジダーノワ。ソコロフの信頼を得て、彼の身近な人々や友人たちを数多く出演させている。なお、作品はソコロフの妻イナ・ソコロワに捧げられている。
ナマの演奏に触れることは困難だが、こうした録音と映像でソコロフの演奏をたっぷりと堪能できるのは、本当に貴重な機会で、有意義である。私は、いまもなお、ライヴを聴くチャンスを探し続けている。
<リリース情報>
「モーツァルト、ラフマニノフ:ピアノ協奏曲、ライヴ」(CD+DVD/ユニバーサル[輸入盤])
・モーツァルトのピアノ協奏曲第23番イ長調K.488(トレヴァー・ピノック指揮/マーラー室内管弦楽団)
・ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番ニ短調作品30(ヤン・パスカル・トルトゥリエ指揮BBCフィルハーモニー管弦楽団)
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