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音楽ライター記事

ライター:伊熊│配信日:2017年2月9日│配信テーマ:クラシック  

ヴィルフリート・ラムザイアー=ゴルバッハウィーン・フィルを語る ⑥


 ウィーンの楽友協会裏手には、ヴィルフリート・ラムザイアー=ゴルバッハのヴァイオリン製作工房がある。ここはウィーン・フィルの弦楽器の修復を一手に引き受けているところで、常時4人が待機し、さまざまな修復を行い、コンサートに向けて美しい音を蘇らせる。

この工房は楽友協会の建物内部から通じる廊下があり、ウィーン・フィルのメンバーたちは少しでも楽器の調子が悪くなったり、修復が必 要になると、すぐに楽屋からラムザイアー=ゴルバッハの元へと駈けつける。

「ウィーン・フィルの弦楽器群の柔軟性に富んだ清涼で情感あふれる流麗な響きは、オーケストラの大きな特質となっています。私の工房ではこの弦楽器の修復を一手に引き受けていますが、リハーサルやコンサートの最中に急に直さなくてはいけない場合もあり、臨戦態勢を取らなくてはならないことも多いですね」

 ラムザイアー=ゴルバッハは、ドイツのミッテンヴァルトのヴァイオリン製作学校で学び、1987年に仕事を開始した。そして1992年に名工と称されるオトマール・ラングの工房に入り、2002年にマイスターとしてラングの跡を継ぐことになった。

 現在、この工房にはウィーン・フィル以外のオーケストラや音楽学生、一般の演奏家までさまざまな人たちの製作や修復の依頼が殺到しているため、狭い工房はいろんな弦楽器であふれている。修復の過程を見学させてもらったが、その職人技に感銘を受ける。

「ヴィルフリートさんは、ウィーン・フィルにとって、縁の下の力持ちですね」

 こう語りかけると、謙虚な彼からはこんなひとことが返ってきた。

「いいえ、とんでもない。本当は、私の存在など知ってもらわなくていいんですよ。私はただウィーン・フィルに美しい音楽を奏でてほしい、それだけを願っているわけですから。もちろん、人間の場合はケガや病気をしたら、医者にかかって元通りにしてもらうわけですよね。その意味では、私は楽器の医師のような役割を果たしていると思いますが、ウィーン・フィルのようなすばらしいオーケストラの楽器に陰で携わっている人間が、“私が直しています”という顔をして表に出ることは避けたいと思います。取材は受けますが、あまり目立つように書かないでください」

 おだやかな笑みを浮かべながら、ちょっと恥ずかしそうに話す彼の表情は、真摯でおだやか且つ一徹な性格を映し出す。そして、あくまでもウィーン・フィルを前面に押し出そうとする。そこで、その修復においてもっとも難しい点を尋ねると……。

「弦楽器は非常に精巧に作られています。年代物の名器も多いですし、こまやかな配慮を要します。私は修復に関しては、その傷跡は見えないほうがいいと思っています。直した箇所が分からないほど自然に直っている、それが理想です。人間の場合も、ケガの跡がわからないほどきれいに直ったら、とてもうれしいでしょう。楽器も同じです。修復の痕跡は見えないほうがいいんですよ」

ラムザイアー=ゴルバッハは工房では細部まで神経を張り巡らし、楽器に命を吹き込んでいく。このときはコントラバスの内部をクリーニングし、すべての汚れを落とし、組み立て直す作業が行われていた。加えて、ヴァイオリンの横板にひずみが生じたため、調整器で根気よく調整しながら、可能な限りオリジナルの姿を蘇らせるよう細部にわたって修復していく工程も見学できた。これらは何時間もかかるこまかい作業である。

 最後に、彼がこう語ったひとことが印象に残った。

「私は常にウィーン・フィルとともにあります。ツアーにもできる限り同行しますし、オーケストラのメンバーが美しい音楽を奏でるその瞬間に立ち会えることは、とても幸福だと思っています。自分の使命は、その音楽の源泉となる弦楽器をよりよい状態に保つこと。楽器を生き生きと鳴らす、そのお役に立ちたいのです」

2017年2月 9日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載 執筆記者:伊熊よし子

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