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非登録ライター│配信日:2017年1月20日│配信テーマ:その他  

輝かしいだけではない声の多彩さに酔いしれる、中鉢聡テノール・コンサート     


(取材・文/岡田聖夏)

木枯らしの冷たさが身に染みる12月に似合う音楽が、厳かな宗教曲や枯淡のムード溢れる室内楽とは限らない。実力派テノールの中鉢聡が17日、人気シリーズのエレガントタイム・コンサートに登場、色とりどりのプログラムでテノールの多彩な魅力を見せつけた。

スタイリッシュなジャケットで舞台に立った中鉢は、これまでのレパートリーとは少し異なり、リヒャルト・シュトラウスの歌曲でしっとりと前半をスタートさせた。妻が歌手であったR.シュトラウスは歌曲を多数残しているが、1曲目に取り上げた「献呈」と続く「万霊節」は青年期の作品である。瑞々しくロマンティックな正統派ドイツの歌曲はシューマンを思わせる低音域の味わい深さがあり、そこを中鉢はバリトンかと錯覚するような落ち着いたトーンで格調高く歌い上げた。もともと大好きなR.シュトラウス作品を、これからは頻繁に取り上げていきたいという。

もう1曲披露したのは「あすの朝」。オペラ「ばらの騎士」冒頭の朝の場面を閉じ込めたようなこの曲を「音が少ないから緊張する」と言いながらも、一音一音の響きを噛みしめながら丁寧に紡いでいく。音符が少ないことで際立つ音の余韻は、ホールの音響の良さも際立たせていた。

 フランスのグノーは、バッハの平均律を伴奏にして「アヴェ・マリア」を手がけた。アーンの歌曲「クロリスに」にも、同じ手法を取り入れたのではないかと思われるふしがあると中鉢は言う。たしかに、伴奏の音型はバッハの「G線上のアリア」を彷彿とさせるものだ。繰り広げられる旋律もバロック風に聞こえるのだが、それにカウンターテナーに近いようなシンプルな歌唱を合わせてくるのは、彼ならではのセンスと表現の引き出しの多さゆえだろう。

ドイツ、フランスと来て、次はいよいよ本領発揮のイタリアから。まずはトスティの「理想の人」。いかにもイタリアらしい音域の広い歌曲を、大きくはないホールがギリギリ許容するダイナミクスでがっちり歌い上げてくるのに圧倒される。続くベッリーニの「追憶」は、彼のオペラ「ノルマ」のアリアを想起させる端正なメロディーが際立つ曲だけに、まるで歌劇場の最前列にでもいるような臨場感で声の迫力を体感できた。

前半で欧州を巡った後、後半は海を渡って日本の歌曲、越谷達之助の「初恋」で始まった。細心の注意が払われたピアニッシモの表現に思わず息を吞む。派手な抑揚を控えている分、歌手がいかに柔軟に自らの肉体をコントロールしているのかをよく理解できた。日本語による歌曲は外国語曲に比べて直接的な感情表現が抑えられているため、照れず臆せず没頭できると彼は言う。次の小林秀雄作曲、「落葉松」でもやはり日本語の発声へのこだわりが顕著だった。この曲は合唱曲として人気が高いが、もとは独唱のために書かれたもの。凛とした低音で鮮やかに紡がれていく落葉松の情景に、改めてこの曲の魅力を知らされた。

続いては童謡的な優しさ滲む武満徹の歌曲から「小さな空」、そして「明日ハ晴レカナ、曇リカナ」の2曲。ここまで来ると得意のトークはさらに滑らかになり、ユーモアを交えながらの解説も絶好調だ。即興的なピアノ伴奏が自由度の高い武満の歌のライヴ感をいっそう高め、ホール全体を開放的な雰囲気へと導いていく。

ここまで見事な伴奏を務めてきたのは、中鉢が長らく信頼を寄せる瀧田亮子である。その瀧田が次の1曲では主役だ。E.レクオーナのスペイン組曲「アンダルシア」から「マラゲーニャ」をピアノソロで披露。それまでさりげなく存在感を放っていた透明感のあるタッチを存分に発揮していした。

これを機にムードは一変。すかさず中鉢がA.ララの「グラナダ」で、会場を南欧へと引き戻す。そして締めくくりは何と言っても十八番のカンツォーネである。まずはデ・クルティスの「忘れな草」。翳りを含みながら艶めく中鉢の声は、曲によって様々な表情に変わる。気だるい短調の曲を少しずつ明るいクライマックスへと持っていくテクニックはさすがだ。そして最後は、中鉢が最も好きなカンツォーネのひとつだというS.カルディルロの「カタリ・カタリ」。まだこんなに残っていたのかという驚きのスタミナでこのスケールの大きい曲を歌い上げた。

中鉢には女性ファンはもちろんのこと男性のファンも多い。会場のあちこちから「ブラボー」の太い声があがるとアンコールを2曲。その名の通り繊細なオブラドルスの歌曲「一番細い髪の毛で」、そしてプッチーニのオペラ「トゥーランドット」からアリア「誰も寝てはならぬ」という好対照の2曲である。

つくづくサービス精神とユーモアに溢れた人だと実感したのはこのあと。難所が聴き所のプッチーニを、クライマックスからもう一度歌ってみせたのだ。これには客席も万雷の拍手喝采。皆満足げな表情で会場を後にしていたのが印象的だった。



「中鉢 聡 テノール・コンサート」
日時:12月17日(土)
会場:東京・ヤマハホール

2016年12月12日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載

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