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『楽しさと思いやりを両立する音楽のカタチ』

#2 金管楽器をいつでも、どこでも、のびのびと

2023年2月15日

家にいても、深夜でも、思いっきり金管楽器を吹くことができたら――。そんな夢を叶えるのが、ヤマハのロングセラー製品「サイレントブラス™」だ。多くの金管楽器奏者が抱える悩みに向き合い、解決したいという想いをつないで、いくつもの金管楽器に対応してきたストーリーがここにある。

『楽しさと思いやりを両立する音楽のカタチ』(全3回)

#1 耳の健康に配慮した音楽リスニング

サイレントブラスは二つのパーツから構成される。金管楽器に装着することで音をささやき声程度まで抑える「ピックアップミュート」。吹いた音を信号処理し、イヤホンを通して奏者の耳に自然な演奏音として届ける「パーソナルスタジオ」。これらが両輪となって、演奏者が周囲を気にすることなくのびのび演奏することを可能にする。

妥協のない練習に、妥協のないアイデアを

[ サムネイル ] B&O事業部 戦略企画担当 鰕原(えびはら)孝康
B&O事業部 戦略企画担当 鰕原(えびはら)孝康

サイレントブラスの開発のもとになったのは、先行して開発が進んでいた「サイレントピアノ」である。1970年代にピアノを練習する子どもたちの近隣騒音が社会問題となった時、ヤマハが生み出した解決策のひとつが、アコースティックピアノらしい響きをそのままに「消音演奏」を可能にするサイレントピアノだった。

「サイレントブラスが生まれるまで、金管楽器は家では吹けない楽器と考えていた人は多いと思います」。こう語るのは、サイレントブラスの商品企画と戦略立案を担当する鰕原孝康だ。実は、中学1年でホルンを始めた鰕原自身にも、演奏によって周囲に迷惑をかけてしまった苦い思い出がある。「夏休みに楽器を洗おうと思って家に持って帰ったら、母親が『演奏を聞きたい』と言うので、少し吹いてみたんです。すると、ものの1分で近所からクレームの電話がかかってきました」。

もともと、演奏音を抑えて練習するためのプラクティスミュートという器具は存在していた。しかし、従来のプラクティスミュートは音程が定まりにくい上に、奏者によっては、吹いていると疲れてしまう扱いにくいものだった。「ミュートをつけて音量が弱まると、もっと出さなきゃと思ってつい吹きすぎてしまうという影響は、当時から認識されていました」(鰕原)。

ミュートにマイクを内蔵し、楽器内の音を信号処理して奏者の耳に返す――そんな画期的なアイデアが生まれたのは、1994年のこと。アコースティックとエレクトロニクスを融合する楽器づくりに挑戦していた「AE(Acoustic Electronics)開発グループ」の担当者がシステムを考案した。その後、部門の枠を超えた多彩な人材がチームに加わり、サイレントブラスは急速に形になっていった。

1995年10月にトランペット用のサイレントブラスが発売されると、「真夜中でも家で吹けるのはありがたい」「練習が楽しくなった」という声が殺到し、わずか3カ月で年間販売目標を達成する大ヒットとなった。その後、トロンボーンやホルン、チューバ、ユーフォニアムなど、他の金管楽器用のサイレントブラスも次々と開発された。

より楽しく、より使いやすく進化する技術

30年近く愛され続けてきたサイレントブラス。その魅力は静音技術にとどまらず、初期モデル以来、楽器演奏の「楽しさ」に関わる機能も拡張し続けている。例えば、リバーブ機能。演奏音に残響音を付加することで、まるで広いホールで演奏しているような感覚を味わうことができる。

さらに二度のモデルチェンジを経て、吹奏感や使い心地の改良も進んだ。鰕原は言う。「生音を再現する信号処理には初代パーソナルスタジオから力を入れてきましたが、最新モデルで、その技術は大幅な進化を遂げています。Brass Resonance Modeling™という新技術によってミュート独特の音のクセを取り除き、楽器本来の響きを加えて自然な音色を実現したのです」。

また、音楽を再生しながらカラオケのように演奏を楽しめるAUX IN端子を備えるなど、電気処理を行うサイレントブラスだからこそできる便利な機能を多数搭載してきた。

ミュートは吹き心地の向上だけでなく、大幅な小型化・軽量化も実現した。「トランペットの場合、ミュートが重いとベル(音の出る先端部)が下がってしまうため、少しでも軽くするよう工夫を凝らしました。サイズもコンパクトになったので、楽器につけたままケースに収納できるようになりました」(鰕原)。

2010年、後に現行モデルとなるサイレントブラスに向けた基礎開発が進んでいた当時、鰕原はまだ大学院で楽器音響の研究を行っていた。ヤマハのインターンシップに参加した際、たまたま取り組んだのがピックアップミュートを小型化するための音程計算だったという。「その時は、まさか自分がヤマハに入社してサイレントブラスの企画担当になるとは思いませんでした。30年近く売れ続けている製品なので、お客さまの期待に応えるプレッシャーはありますが、金管楽器を演奏するひとりとしてやりがいを感じる仕事ですね」。

演奏音に命を吹き込む

ヤマハ独自のデジタル技術によって楽器本来の音色を再現するパーソナルスタジオでは、音づくりにも多くの想いが注ぎ込まれている。

「現行モデルのサイレントブラスの試作品を初めてつけてホルンを試奏した時、一番驚いたのは、耳に届く音が『右に寄っている』ことでした。ホルンは身体の右側にベルを構えるため、右側で鳴っているかのように音を中央からずらしているんです。一方、トランペットやトロンボーンはベルが顔の正面から左に寄っているので、それぞれの聞こえ方に応じて左側にずらしてあります」(鰕原)。いつも通りの演奏感を味わえるよう、音の再現性にも徹底的にこだわる。一方、演奏者にとって心地いい音づくりも大切な視点として取り入れている。「プロプレイヤーの方々に試作品を試奏してもらうと、『自分の演奏がはっきり聴こえる方がいい』というご指摘をいただきます。それを開発部に持ち帰って音づくりをすると、今度は社内の試奏者から『アマチュアの方にとっては、音が生々しすぎるのではないか』という声が上がるんです」。

ほどよく音を補正し、演奏者のイメージにより近い自然な音色を耳に返すことを目指したが、そのあんばいに開発メンバーは試行錯誤した。「生々しい音だと普段吹きながら聞いている音のイメージから離れてしまうので、少しお化粧した『気持ちいい音』に補正して仕上げたのが現行モデルです。気持ちいい音で、少しでも長く演奏を楽しんでもらいたいです」。これが鰕原たちの願いである。

ミュートをつけていることを忘れてしまうほどの吹奏感で、いつ、どこにいても周りを気にせず楽器を吹けるようにしたサイレントブラス。そこには、他者への思いやりと演奏者本人の楽しさの両方を大切にしたいというヤマハの想いが込められている。前回紹介した「リスニングケア」も、相反する二つのこだわりを両立させ、耳の健康を守りながらTRUE SOUNDを届ける機能である。次回はいよいよ、サイレントブラスとリスニングケアに共通するKeyに迫ります。お楽しみに。

(取材:2022年12月)

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鰕原孝康|Takayasu Ebihara

B&O事業部 B&O戦略企画グループ。大学では中学時代に始めたホルンの音響を研究し、インターンシップを経て、開発職としてヤマハに入社。現在はサイレントブラスの商品企画と戦略立案を担当。浜松の社会人バンドで現在もホルンの演奏を続けている。

※所属は取材当時のもの

『楽しさと思いやりを両立する音楽のカタチ』(全3回)

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