デザイン・スタジオ・
ロンドン
竹井 邦浩
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スノーボードから学んだデザインの本質

入社して初めて手がけた製品は電子パーカッションのDD9でした。当時はスケッチをノート何冊分も書きました。今でも自分の中でいちばん多くスケッチを描いたプロダクトです。まだパソコンが1人1台ではない時代だったので、全部手描きで図面を提出したことをよく覚えています。その後ポータブルキーボード、シンセサイザー、デジタルミキサーなどのデザインを担当しました。
ゴルフクラブのinpresも第一世代から担当しましたが、これは自分にとって転機になったプロダクトです。当時ゴルフをした経験がなかったのでどうデザインしていいのかと悩んでいました。ちょうどその頃、僕自身は大好きなスキーからスノーボードに転向した時期で、もの凄くハマってました。プロスノーボーダーで黎明期に日本のスノーボードを引っ張ってきたマック遠藤という人に憧れて、彼のホームグランドのゲレンデに足繁く通い、キャンプにも参加して寝食を共にしながらスノーボードを教えてもらいました。そこでのマック遠藤の教えが、今の僕のデザインの基礎になっていると思います。

「孫悟空と觔斗(きんと)雲」のような道具との一体感

マック遠藤がスノーボードで何をしているか、というとボードの上で「板の重心と自分の動きのシーケンスが交わる一番オイシイ点」を探し続けているんですよ。そこに乗るとボードはビーンと走り出す。これをマックはトルクのある滑り、と言ってます。またマックは「道具は孫悟空の觔斗雲だ」とも言うんです。孫悟空は觔斗雲に乗って自由自在に走り回り、宙返りしても落ちないし、たまに落ちても、觔斗雲はちゃんと拾ってくれる。だから落下していても孫悟空は慌てないんです。完全に道具と一体化している。
スノーボードで学んだこの考え方が、ゴルフのデザインにも使えるんじゃないかなと思い始めました。というのも、ゴルフも重心が重要で、道具の中心と球の中心がピタっと合えば黙っていてもビーンと真っ直ぐにボールが飛んでいく。マックの言うトルクです。それを探し続けるのがスポーツの楽しみで、道具はその時最大の仕事をしてくれる。それを活かしてデザインしてみようと思いました。それでゴルフクラブのヘッドに置くヤマハの音叉マークをトルクの中心と捉えて、そこを起点としてデザインを展開していったんです。
さらにこの考え方は楽器や音響機器にも応用できて、たとえば後に手がけたデジタルミキサーのM7CLにも、このコンセプトが活かされています。M7CLはプロ用のミキサーで、フェーダーなどの操作子が膨大にあるのですが、その操作ロジックに「Centralogic」という考え方を導入しました。エンジニアが遭遇する様々状況において、その時々で重要なパラメーターをタッチパネルの液晶とその直下のコントローラーに集約することで、エンジニアがそこに集中できるようにしたのです。エンジニアが迷うことなく最もトルキーな部分にフォーカスでき、全身全霊でコントロールできる。そんな操作性が実現できたのではないかと考えています。

Inpres X ラフスケッチ
M7CL コンセプトスケッチ

ロンドンからヤマハデザインを発信する

今はデザイン・スタジオ・ロンドンで仕事をしています。このオフィスは以前ヤマハデザイン研究所で一緒に仕事をしていたデザイナーで、現在ロンドンで活躍中のDavid Keech(http://www.keechdesign.co.uk/)とシェアしています。Davidはヤマハデザイン研究所が迎えた最初の外国人で、様々な意味で僕たちに大きな影響を与えてくれましたし、トロンボーン奏者としての顔も持つ彼が手がけたヤマハのデザインプロジェクト「ブラックヤマハ」はヤマハデザインにとっても一つのマイルストーンとなっています。ヤマハを去った後も我々ヤマハと良好なリレーションを保ってくれるDavidには深く感謝しています。
僕のロンドンでのミッションは、世界に向けてヤマハのデザインを発信すること。ロンドンは発信力がある都市ですし、世界的なデザイナーも数多く住んでいますので、ヤマハデザインのコンセプトを直接伝えることができます。またイギリスミュージックシーンとのコネクション作りも行っていて、有名アーティストだけでなく、まだブレイクしていない若いアンダーグランド系のアーティストたちとも緊密なリレーションを築いています。特にロンドンのイースト周辺の若手アーティストたちのエッセンス、たとえば斬新さやガレージっぽさ、バルキーな感じをうまく吸収しながら、ヤマハの優等生的なイメージをすこしでも崩して行けたらいいなと思っています。最近の活動の一例では「STEREOART」というチェロ奏者とエレクトロニック系アーティストの2人組ユニットがあるのですが、彼らに特別に漆塗りで仕上げたサイレントチェロを使ってもらい、そこからインスパイアされた曲を作ってもらって日本大使館で演奏する、というプロジェクトを行いました。またRCA(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)の学生たちとのプロジェクト"メイキング・ファン・シリアス"などのRCAと連携したプロジェクトも継続的に行っており、現在も新たなプロジェクトが進行しています。

デザイン・スタジオ・ロンドンにてDavidと
RCAにて学生たちと