インストゥルメンツデザイン
グループ マネージャー
中嶋 一仁

「USE」ではなく「PLAY」する
道具をデザインするということ。

中嶋 一仁

プロフィール

1990年入社。スポーツ用品を手懸けた後、主にアコースティック楽器領域のデザインを手懸け、 また、アコースティック楽器の加飾における工芸的価値表現の追求、ロゴやパッケージ等を担当。 現在、楽器全般とゴルフ用品を横断的に担当するインストゥルメンツデザイングループ マネージャー。

クルマや家電ではなく、中間領域のモノの表現に

僕はずっと絵が好きで、高校時代までは絵描きなろうと思っていました。でも学校の先生に相談したら「絵をやっていても一生喰っていけないぞ」って。それで割とあっさり「じゃ、デザイナーになろう」って。そんな感じでした。それでも最初絵描きになろうとしたぐらいだから、デザインもグラフィックデザインのつもりでした。大学時代は1980年代。いわゆるヘタウマっていうイラストレーションブームだったのです。これを観ているうちに「どうもこれは自分がやりたい世界とは違うな」と思うようになってきました。アートとデザインの違いも分からない自由な感性表現の発散より、もっとモノ作りに確信が持てるような世界に憧れていって、なんだか、プロダクツって面白いぞって、いうことが分かってきて。ただ、そうはいっても、クルマや家電という王道のプロダクトではなく、モノの存在自体が人に及ぼすチカラを持つオブジェのようでありながら機能を持った道具でもあるという、とても曖昧で定義しにくい領域のデザインに興味があって、石の器に水を張って『水面は心を映す鏡』みたいな、人の潜在意識や感情に作用するモノの在り方にどんどん引き込まれていきました。
程なくしてデザインは異なる領域の知の総合を実感したのは、名古屋で開催された世界デザイン博覧会で様々なジャンルのスペシャリストが集まって意見交換する様を目の当たりにした時のことで、生物学者のライアルワトソンが基調講演を行うなどデザインフィールドに起こった新しい時代の予感に軽い興奮を覚えたことを記憶しています。

卒業制作は「両性具有、自閉、双子の象徴」

話は前後しますが、学生時代はマテリアル感があるものを作っていました、卒業制作のタイトルは「両性具有、自閉、双子の象徴」。少し注釈するなら当時自閉の本来の意味を知らず内向的な思考を指していますが、人とモノの関係は、異なる価値ベクトルの中間ではなく両義的でありながら、潜在意識の本音によって結びついた、まるで自分自身の分身の様なものと考え、それを身近な生活空間に在る『座る』『空間を仕切る』機能を持った道具に置き換えて、象徴感の有るオブジェを製作しました。
鉄板に穴を開けてパーテーションのようにしたり、コンクリートの塊を座れるようにしたり。卒展が終わったら、学校の庭に放置し雨風にさらして、それが日々朽ちていく様子を写真にとって、錆びたり汚れていくことで素材の表情が変わっていくことを楽しんでました。大学院の終了制作で作ったのは「王様の耳はロバの耳、お嬢様の足は象の足」というちょっとおかしなタイトルでしたが、内容は実に大真面目で、人がなぜ心に病を抱えているのか、どうしたら癒され開放されるのかを真剣に考えて、ヒトの心の欲求を音や映像をプロジェクターのようなデバイスで自由に表現し加工できるマルチメディアなインターフェイスの提案でした。

ヤマハだからできるデザインがある

卒業時には某大手家電メーカーとヤマハを受けたんですが、面接に行ったら家電メーカーの人たちはやけに青白い顔でね(ゴメンナサイ!)。ヤマハのデザイナーはみんな日焼けしていて髭はやしていて、これはヤマハの方がいいぞと。実際に実に自由で少数精鋭で、できる人がいっぱいいる大人の集団でした。製品が出来上がるまでの仕組みが見渡せる会社の規模感が自分には心地良く、デザインを一人のデザイナーにまかせてくれる度量があって、入りたいと思いました。