デザイン研究所所長 川田 学
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ヤマハデザイナーとして

「考え方」を考える

物事の「考え方」を考えることが好きです。デザインすることをデザインするという感じ。入社していきなり担当したのはスキー板のデザインでした。これはデザイン研究所の伝統なのですが、新人にも最初から一つの製品をポンと任せてしまうのです。初めて向き合うジャンルのデザインをどう考えるか「問いをたてる」良い経験になりました。当時のスクラップブックを見ると、型紙にスキーの形状の穴を開け雑誌をトリミングする手法を考えたり、スキー板のグラフィックはカセットテープのパッケージと意図が似ているなんて着想したり、必死に「考え方」を考察してますね。その後は、全く新しい演奏法の電子楽器「Miburi」のデザインを担当。それから業務用カラオケ機器やコンパクト・デジタル・ドラム「DDシリーズ」のデザイン、パソコン用アンプ「Sound Station RP-U100」、楽器練習時の伴奏データ・プレイヤー「伴奏くん」など。僕が担当した商品は市場に出る際、変わったニックネームをつけられちゃうことが多いみたい(笑)。「考え方」を切り開いていくスタイルで、新しいジャンルの商品をかなり沢山担当させて頂きました。

The Backrest For Sky Viewers

僕個人のターニングポイントになったのは入社3年目の時、社内のアイデアコンテストで提案した「空を見るための板。スタンディングチェア」です。当時の社長から特別賞を頂きましたが、作品は単なる板きれです。板にもたれ空を見ながら板を傾けていくと、ちょうど視界に空しか入らなくなる15度という傾き、それから心地良く揺れるための2m40cmという板の長さを、実験から見つけました。社長から「はじめは、こんな板っ切れで出展するとは何事かと思った。でも実際にもたれてみたら空が綺麗に見えて、こんな空を見たのは何十年ぶりだっただろうと感動した」という言葉を頂いて大変嬉しかったです。この作品はその2年後、チェルノブイリの原発事故で放射線被爆した子ども達を励ますためのアート作品としてコンペに応募、「The Backrest For Sky Viewers」というタイトルでグランプリを頂きました。副賞としてベラルーシのミンスクという街にあるサナトリウムに1ヶ月ほど滞在し、子ども達と一緒に作品を創るという非常に貴重な体験ができました。サナトリウムでは子ども達と毎日、良い空が見える場所を探して散歩をし、4つの風景に板を設置しました。それぞれに「昼寝する板」とか「朝を待つ板」とか、子ども達が素敵な名前をつけてくれたのです。この時の体験が、モノをつくることの価値をあらためて実感することにつながりました。

「カタチ研」の活動、ロンドン留学を通して

同じ頃、僕は会社の寮を出て自分でアトリエみたいな場所を借り、デザイン研の仲間を中心に「カタチ研」という活動を始めています。日頃考えていることを皆で共有するうち、自分が欲しいモノを自分でデザインしてみたい、それを対外的に発表してみたいということになり、1998年に「フダン具」展というグループ展を新宿OZONE で開催しました。「フダン具」とは自分の暮らしのためにつくった、飾らないモノたちという意味。当時嬉かったのは、先代のデザイン研究所長 がそういう課外活動をどんどんやれと応援してくれたことです 。デザイナーが自己研鑽でモノづくりへの思いを深め、外向きに活動することを推奨してくれた。そういう風土は大好きだし、僕も引き継いでいきたいです。その後、英国のロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)に、2001年から2年間留学させてもらいました。RCAは大学院大学で、ある程度キャリアを積んだ同世代のデザイナーたちが世界各地から集まっており、そこでさらに視野を広げつつ、同時に自分自身のデザイナーとしてのアイデンティティーを掘り下げることができました。2年の留学期間中にイギリス、オランダ、イタリア、スウェーデン、スコットランドで、合計8つのデザイン展にて新作を発表し、自分が何を追及しているのか、思いを語ってきました。外部と積極的に関わり、具体的なアクションを1つ1つやりきる過程で自分自身の独自性を新しい角度から理解し、さらに思考を深めていくこと、それがアイデンティティーを鍛える唯一の方法であるということを、この留学から学んできたのだと思います。個人のアイデンティティーからヤマハブランドのアイデンティティーへ、規模は大きくなりましたが活動の基本姿勢は帰国後もずっと継続しており、2005年からのミラノ・サローネにおけるヤマハデザイン展はその典型だと思います。

RCA留学時代の作品 / Cat Step
RCA留学時代の作品 / Happy Birthday Ice disposableというテーマで作成した作品
RCA留学時代の作品 / Tail Chair
Milano Salone 2005 / Open Discussion
Milano Salone 2006 / Weighting for you
Milano Salone 2008 / key for journey