絶景のステージから、
笑顔のひとときを。
〈後編〉

Kelvin Smith/ピアニスト

驚きと喜びを、メロディにのせて。

ピアノを再び演奏し始めたKelvin氏。2年半ほどバーでの演奏活動を経て、彼はビーチや街中、美しい風景の中での屋外コンサートをスタートしました。その活動に込められていたのは、どんな時でも「人々に驚きと笑顔を」という彼の思いでした。

屋外こそが、最高のステージ。

「もっと変わった場所でピアノを演奏できないか」「屋外で演奏しよう」という話は、ピアノの運送業を営む友人とのやりとりの中から生まれました。彼の力を借りることができた上に、美しい場所で弾くことを条件として屋外で使用するピアノを譲ってくれる人が現れたことにも背を押され、このアイデアは実現へと向かったのです。初めての屋外コンサートは、2019年12月末。場所は地元の人々がよく散歩をするキングストーンビーチです。ここでの演奏を選択したのは、私の中に、映画「THE PIANO」のビーチでの演奏シーンが焼きついていたからかもしれません。

それ以降は、月2、3回の屋外コンサートを続けています。選ぶのはいつも、美しい風景のある場所です。突然はじまったコンサートに、道行く人は驚いたり笑顔になったりします。屋外演奏は、バーでの演奏よりも自由です。観客は立ち止まって聴いてもいいし、奇妙なことをしていると笑ってもいいし、好きなときに立ち去ってもいい。その自由さが、私をプレッシャーから解放してくれます。観客は4、5人ということもあれば、6、70人ということも。1時間でのべ300名ほどの観客が立ち止まったこともありました。インターネットでの視聴を含めれば、さらに多くの人が私の演奏を聴いたことになります。

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屋外でピアノをプレイするなら、最高の選択肢のひとつとなるコーネリアン湾。ホバートの北部に位置するこの美しいビーチは、地元の人たちの憩いの場となっている。

演奏とともに、タスマニアの魅力を発信したい。

新型コロナウイルス感染症の拡大を経て、ますます多くの人が私の演奏をオンライン上で観てくれるようになりました。自由に外出できない中で、みんな束の間の楽しみを求めているのだと思います。少しでも笑顔でいたい。少しでも心地良く過ごしたい。そう感じる人が増えているのでしょう。だからこそ私も「こんな場所で演奏するの?」という驚きをみなさんにお届けしたい。

現在は、地元自治体がスポンサーになってくれたこともあり、活動の場が広がっています。水上に浮かぶボートの上で演奏したり、エアーウォークと呼ばれるタスマニア南部のつり橋のような観光名所で、大自然を見下ろしながら演奏をしたり。たくさんの人がピアノの移動をサポートしてくれます。活動拠点であるタスマニアは、絶景スポットがたくさんある観光名所です。以前は観光客でにぎわっていましたが、今、観光産業は非常に厳しい局面に立たされています。この状況下で、私がタスマニアの美しい風景を背に演奏することには大きな意義があるでしょう。インターネットに公開した映像を通じて、たくさんの人がタスマニアの美しさを知り、それが少しでもコミュニティの役に立てばと思っています。

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レンガ積みのハードワークを通じて鍛え上げた体躯を生かし、ピアノを演奏場所まで運搬中。さまざまなチャレンジを楽しむのがKelvin流だ。

私がピアノを愛したように、ピアノも私を愛してくれた。

この活動をはじめてから、色々な場所に呼んでいただけるようになりました。依頼があれば、どこへでも出向きます。美しい風景さえあれば、観客は少なくても構いません。35歳でピアノと再会できたことは本当に幸運でした。ピアノは、私をプレッシャーやストレスから解放してくれる特別な存在です。指先から奏でられたメロディーは、いつも私の心を落ち着かせてくれます。長らく疎遠だったピアノが、こんな幸せを運んできてくれるとは、私がピアノを愛したように、ピアノも私を愛してくれたのかもしれません。

コロナ禍において、人々の心は乱れ、沈んでいきました。たしかに辛いことや強いストレスがあると、希望を持つことが難しくなるものです。それでも世界にはまだまだ美しい風景がたくさんあり、美しい音楽がたくさんあります。私は「希望を捨てずにいよう」というメッセージを、これからも発信し続けたい。スポンサーがいようがいまいが、その気持ちに違いはありません。ほんの少しの時間でも、人々に愛や希望を感じてもらえるなら、この活動をずっと続けていきたいと思っています。

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タスマニアが誇る絶景のひとつ、ゴードンダムにて。ここでの演奏を収めた映像は、各種SNS上に設けられたチャンネル「A Piano of Tasmania」で発信中。タスマニアの魅力を世界へとアピールしている。

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Kelvin Smithピアニスト
タスマニア在住のピアニスト。ジュエリー職人、牧師、レンガ積みなどの仕事をしつつ、ビーチや川辺、街中、ボートの上など、様々な場所にピアノを運び、屋外コンサートをする。絶景の中での演奏風景はさまざまなSNSを通じて世界中に広がり、注目を集めている。

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