「音楽とは何か」に音楽療法史から迫る。
〈後編〉

光平 有希みつひら ゆうき/音楽療法史 研究者

歴史を明らかにすることで、日本の音楽療法に変化を。

日本の音楽療法史研究に取り組み始めた光平有希さん。膨大な資料の読み解きを進めるなかで、どのような史実とめぐり会うことができたのでしょうか。日本の歴史から垣間見える音楽の魅力のほか、今後の展望にも迫ります。

地道な研究のすえに見つけた事実。

日本の音楽療法史と向き合うにあたって、頼りにしたのが国際日本文化研究センターに所属する先生方、つまり先輩研究者たちの声です。日本の歴史・医学・思想・哲学・宗教・文学など、音楽以外の観点から音楽療法を捉えながら、たくさんのアドバイスをくださいました。音を用いた療法は古くから存在するはず。狭義の「音楽」ではなく、「音」という大きな観点から日本の音楽療法史を探ってはどうか。そのように勧められ、まずは中世以降の医学史や刊行物を手に取るようになりました。

研究に関連する資料を探しとるのは地道な作業です。けれども、江戸時代に発刊された「養生論」の一節にある音と健康にまつわる記述と出会えたときには、とても嬉しかったです。「日本の音楽療法史は、戦後西洋から導入された」という定説を覆すことにもつながりますから。その後、江戸後期や明治期の研究成果をまとめた著書を発表するに至ります。現在の研究対象は、大正期から昭和戦前期です。図書館や資料館に整理された資料はともかく、未整理の資料が点在する病院などを訪れる場合は、マスクとゴーグル、軍手が必需品。長年放置されてきた古いダンボールからカルテや看護日誌だけでなく、患者自身の手記や映像資料まで手にできるこの時代の研究内容をもとに、いつか続編を発表したいですね。

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明治期以降はカルテや処方録など、様々な資料から当時の音楽療法の様子が浮かび上がってくる。

日本人に通底する、癒しの音を求めて。

歴史を紐解く中で、いつも念頭に置いているのが、西洋と日本との「音楽」観の違いです。西洋ではリズムとメロディ、ハーモニーという要素が揃ったものを音楽とみなす傾向にあります。一方で、日本の音楽は能楽などの伝統音楽に象徴されるように、リズムやハーモニーが独特ですし、日本人は虫の音に癒されたり、ししおどしの音で涼をとるなど、音に対する感性も鋭い。昔から変わらない日本人特有の感覚を、歴史からつかみたいですね。そこから、日本人に合った日本の文化や土壌に根差した音楽療法を見つけたい。

最近は、歴史から抽出したエッセンスを、現代の音楽療法実践に活かす試みもスタートしました。これが実用レベルに到達するまでには何十年もの歳月がかかることでしょう。私が生きている間には、世に出ないかもしれません。そのためにも研究をペースアップする必要があります。それに今後は、仲間を増やしていきたい。講演会や市民講座で、再現演奏付きのレクチャーに取り組んでいるのはそのためです。音楽療法史の魅力を広めることで、仲間がひとりでも増えることを願っています。

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音楽療法史の魅力を広めるために、最近では講演会でピアノのほか邦楽器も演奏。日々、演奏することの楽しさや奥深さを改めて実感している。

音楽は偉大。人に寄り添い、人をつなぐ。

日本に特化した研究環境に身を置いてから、私の音楽との向き合い方は大きく変わりました。ラテン語やギリシャ語をはじめとした資料を読み解くのに精いっぱいだった音大時代には、過去の臨床風景に思いを馳せることはできませんでしたが、現在では資料に記された音楽を耳にするのはもちろん、三味線や月琴といった邦楽器も手にします。すると時空を越えて臨床現場に寄り沿っている感覚に陥るのです。「歴史家は事象を見るだけではなく、資料を通じてそこにいる人と対話するのだ」という先輩研究者からの教えを、肌で体感する日々です。

研究以外の時間には、同僚とともにトランペットとピアノのセッションや連弾を楽しんでいます。こうしたリアルなつながりも欠かせません。人と人とをつなぎ、過去と現在さえもつないでくれる音楽は、やはり偉大です。私の音楽療法史研究はいまだ序章の域ですが、これからも歴史の視点から「音楽とは何か」「音楽には何ができるのか」という問いに挑み続けていくつもりです。

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国際日本文化研究センターでは、日本の開国期前後に西洋人が著した日本に関連する図書・地図・文書・楽譜を研究するプロジェクトにも参画。写真は、国際日本文化研究センターでのプロジェクト作業風景。

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光平 有希みつひら ゆうき音楽療法史 研究者
総合研究大学院大学文化科学研究科博士後期課程修了(博士:学術)。国際日本文化研究センターで、音楽と医療の関わりを歴史的な観点から考察する「音楽療法史」研究に取り組んでいる。近書に『「いやし」としての音楽―江戸期・明治期の日本音楽療法思想史—』(臨川書店)。

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