障がいがあってもプロの演奏家を目指せる社会を。
〈後編〉

Vahakn Matossian/デザイナー、発明家

障がいがある人を、もっと表舞台に。

障がい者向けの演奏デバイス「Human Instruments」の開発に取り組むVahakn Matossian氏のポリシーは、セラピーのための楽器ではなく、あくまでも「プロを目指す人のための楽器」をつくること。そうした考えを持つに至った背景や、氏のプロジェクトが今後目指していく方向にフォーカスします。

シンプルな技術で、大きな恩恵をプレイヤーに。

Human Instrumentsの実績を紹介します。まずは、麻痺で頭しか動かせない方のために制作したデバイスです。音程を示すパネルをモニターに表示し、センサーを付けた頭部を動かすことで音を選べます。その状態でマウスピースに息を吹き込むと、出したい音が鳴る仕組みです。練習を重ねていくと、パネルの位置や頭の動かし方を身体がだんだん覚えていき、通常の楽器と同じように自在に演奏できるようになります。

ブレスコントロールによって操作するMIDI楽器「Hi Note」をテストするミュージシャン、Clarence AdooVahaknは「Clarenceが音の種類を変えられるように、この楽器のユーザビリティをもっと改良したい」と語る。

もうひとつ紹介したいのは、目の不自由な方でも指揮者の指示を正確に認識できる指揮棒です。指揮棒には発信機を組み込み、演奏者には受信機を取り付けます。すると、指揮棒の動きを受信機がキャッチし、テンポや強弱などを感じ取れる仕組みです。これによって、従来は難しかった、曲中でのテンポや演奏方法の変更を指示できます。

先日、ストックホルムの音楽祭で手の不自由な若いミュージシャンに出会いました。彼はiPadを鼻と口だけで器用に操作して楽曲を作っていましたが、とても大変そうでした。そこで行ったのは、デバイスに押しやすい大きなボタンを加え、ルーピングが簡単にできるようにする改良です。ちょっとしたアイデアですが、彼の制作は格段に楽になったようで、楽曲のクオリティもグッと高まりました。これらHuman Instrumentsの取り組みは、いずれもロジカル。だからこそさまざまな障がいに応用していけるのです。

本当に必要とされているものを作る喜び。

かつてクライアント相手の仕事をしていたときと比べると、私自身の作り手としての意識も変わりました。今の私は、専用の楽器がなければ自由に演奏できない人たちのために制作しています。これは「本当に必要とされているもの」を作る活動です。今のところ量産を考えていないのも、本当に必要としている人のためだけに作るという意識があるからでしょう。それは結果的に、これまでの世界に存在しなかったものを生み出すという、クリエイターとしての喜びにもつながっています。

プロジェクトに取り組む上でもうひとつ意識しているのは「音楽は決してセラピーのためだけにあるのではない」ということです。私が大事にしているのは、障がいがあっても健常者と同等にプロとして活躍できる人を増やすこと。それこそがHuman Instrumentsに取り組む意義です。車イスに乗っていようとも、片腕しかなくとも、健常者と同じようにテレビやコンサートで演奏する。そんな光景が日常になることで、音楽の世界はもっと豊かなものになるはずです。

車椅子のプロダンサー、Nadenh Poanにモーションセンサーやパーカッションセンサー、モバイルサウンドシステムを取り付けているVahakn。こちらは、Motion Sounds Labsからのワンシーン。Motion Sounds Labsは、音楽制作やダンスにおける技術の、最もイノベイティブな使用法に出会えるプログラム。

世の中からの注目を高めることで、現実を変えたい。

実は、オリジナルのデバイスを作ることは、技術的にそれほど難しくはありません。むしろ課題は、資金調達の難しさと、この活動自体の認知度の低さにあります。障がいを持つ方が健常者と同じように表舞台に立つ機会はまだまだ少ない。そのため世間から十分に認知されていないのが現状です。私が「障がい者でもプロを目指せる世界」を目標にしているのは、人々にまず興味を持ってもらいたいからです。「障がい者だから」というレッテルは抜きに、実力のみでプロのステージに立つべきだと思います。そうすれば世間からの見え方は、確実に変わるはずです。

そして何より、障がい者の方が表舞台に立つことで、同じ障がい者の方々に対して、自分を表現できるチャンスがあることを広く伝えていけます。音楽に囲まれて育った私には、音楽がない世界を想像するのは困難です。障がいのためにそんな哀しい状況に置かれている人がいるのであれば、私はその人を全力でサポートしたい。その人の世界を少しでも明るいものにしたい。音楽には人の人生を変える力がある。私は心から信じています。

呼吸で操作する楽器「Hi Note」をつけたClarence Adoo(写真中央)、トロンボーン奏者のJohn Kenny(写真左)、Heritage Orchestraを率いるChris Wheeler(写真中央奥)、トランペット/トロンボーン奏者であり作曲家でもあるTorbjorn Hultmark(写真右)。2016年にポルトガルで開催されたSetubal音楽祭にて。

前編を見る

Vahakn Matossianデザイナー、発明家
ロンドン在住のデザイナー。音楽一家で育ち、現在もDJ、ミュージシャンとして活動。父の主催する障がい者向けオーケストラに関わったことをきっかけに、重い障がいがあっても演奏可能なデバイスの開発に取り組む「Human Instruments」という会社を立ち上げた。

取材日:

おすすめのストーリー